ここまで、ちょろちょろ色々なことを省きつつ書いてきました
(オペラやオペレッタの歴史はもっともっと複雑みたいです。
めちゃめちゃざっくりですみませんでした。
前説みたいなもんだと思って軽くながしてください。)が、
こっからが本題!!
、、、かと思いきや、
まだミュージカルについては話せそうにありません、、、。
ごめんなちゃい。
さて、話を戻しますが、
議論を巻き起こしながら、大衆人気を獲得したオペレッタは、
海を渡りました。
移動した先は、アメリカ合衆国!!
ミュージカルの本場といえばアメリカですよね!
ブロードウェイですよね!
でもまだまだブロードウェイはおろか、ミュージカルについても触れられないんだな。
まず!
「地続きで言語や文化も比較的近いヨーロッパでオペラやオペレッタが流行したのは
解るけど、なんで海の向こうの、しかも、
英語圏であるアメリカでオペレッタが人気を得たのか」
を考えたいなと思います。
(*同じ英語圏でもイギリスについては今回省きます!それはそれでまた長くなるので、、、。)
19世紀中頃。
アメリカは諸外国に比べると国としての歴史(建国してまだ100年も経ってない)が浅く、
文化、殊に「アメリカ独自」の音楽カルチャーは決して多く存在しているわけではありませんでした。
建国してまだ間もない「新しい国」=米国は、
政治的にも文化的にも「大国」になることを目指しはじめます。
ここの部分は、明治初期の開国したばかりの日本と似てますよね。
ということで、
アメリカは、ヨーロッパで流行していたオペレッタを自国に取り入れ、
英訳し、英語で上演するなどして自国文化の成長を促していったのでした。
ここで僕、思うんですけど。
何か文化なり音楽なり芸術を育てようとするときは、
必ず当時の政治や経済の思惑が挟まってくるなーって。
もちろん、そういった政治的・経済的思惑抜きに一般大衆の中から起こるムーブメントもありますが、
ミュージカルの歴史を紐解いていくとそこには必ず何かしら、
当時の経済、政治的背景、世界情勢、国民感情などに影響を受けた作品が生まれます。
僕がこういった記事を書こうと思った動機は、
まさにこのような側面を知れて単純に面白かったからっていうのと、
知った上でその作品を見たときに感じ方や受け取り方が変わるなって
思ったからでした。
拙いし、しょーもない個人的な妄想も盛り込んでいる僕の文章ですが、
読んでもらえたらめちゃめちゃ嬉しいです!!!
とは言いつつ、
さっさとミュージカルの話に行けやって感じですよね。
次でとうとうミュージカル誕生について触れます、ぐはっ。
続く
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